小磐梯

K

2009年1月23日 (金)

磐梯山②.jpg

 幸いなことに、このところ日本国内でも世界でも大きな自然災害は起きていないようだ。こういう状態がずっと続いていってほしいと心から願う。

 ところで、噴火や大地震発生のニュースを聞くたびに思い出す、ある小説がある。井上靖氏の『小磐梯』という短編である。

 1988(明治21)年、福島県にある磐梯山は大噴火を起こし、頂上の小磐梯という部分は水蒸気爆発で跡形もなく吹き飛んでしまった。そして発生した岩屑なだれは北側の斜面をあっという間に流れ下って川をせき止め、そこに無数の湖を作った。現在の磐梯高原(裏磐梯)の風景はこの時に形作られたものである。

 井上氏の『小磐梯』は、その大爆発が起きた時、喜多方方面から磐梯山北側に測量に入っていた役人の手記というかたちを取った小説である。主人公の一行は 山に近づく中で、「ここから先に入ってはいけない」と気がふれたように話す老婆に出会ったり、無数の小動物が我先にどこかへ逃れようとする様に遭遇したりする。

 

 そして最後に、 打ち続く地鳴りや大地の揺れに不安に駆られた住民が、山に向かって「ぶんぬけるんなら、ぶんぬけろ」と叫んだ瞬間、火山は人間の叫びに応えるかのように大爆発を起こす・・・。そんな劇的な小説である。

 私は随分前、日本のFMでこの小説を脚色したドラマを聴いて、この短編のことを知った。そのドラマ、特にクライマックスの住人の叫びの部分は、これぞ放送劇といった 感じで素晴らしかった。

 その後、 井上さんの書いた随筆で、「ぶんぬけるなら、ぶんぬけろ」という場面がどこから来ているかを知って、感動はさらに深まった。氏は、民俗学者の柳田國男がまとめた濃尾平野の川の氾濫の記録をヒントに、あのシーンを書いたというのである。豪雨で濃尾平野の大河がまさに堤防を越えようという状態になった時、不安に駆られた住民が「えこせばえこせ(越えられるものなら越えてみろ)」と叫んだ途端、川はドーンと堤を破って押し寄せて来た、というのである。

 井上さんは「その記録を読んで思わず唸ってしまった」と書いていたが、氏の随筆を読んだ私の感想もまさに同様であった。

 なぜ今こんな文章を出すのか、といぶかしくお思いの方もおられることと思う。特に理由はないのだが、現実に災害が起こった時には書けないので記してみた次第である。ご寛恕いただければ幸いである。

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