2009年3月31日 (火)
カリフォルニア州にお住まいの視聴者・磯本博さんからご自宅の庭で出来たというアボカドを頂きました。磯本さんのお庭で毎年300個もの実をつけるアボカドの木々は25メートルもの高さになる大木だそうです。春に花が咲き一年がかりで実を付けるアボカドを、季節になるとこうして送って下さるのです。
箱いっぱいにぎっしり詰まった大粒でつやつやと輝くアボカドたちに歓声を上げながら、早速グァカモレを作り、トルティーリャチップスをそえて皆で頂きました。
レッドオニオンとトマトのみじん切り、レモンジュースに塩、胡椒、そしてタバスコも少し、などとどんなに材料や調味料にこだわって作ろうとも、グァカモレの味は何と言ってもアボカドそのものが決め手。
カリフォルニアの太陽をいっぱいに浴びて育った磯本家のアボカドは、我々が普段店頭で求めるものとは全く違う、豊かな広がりのある味。木で熟したアボカドのおいしさは今まで味わった事がないほど深みのあるものです。
口々に「おいしい〜」と叫びながら 忙しく手と口を動かし、最後まで残すことなくきれいに頂きました。
西海岸直送のこの贅沢な贈り物は、私たちのおなかと心を充分に満たすと同時に、春を待ち望む我々に暖かい太陽の光を届けてくれました。
磯本さん本当に有り難うございました。
野村美由紀(キャスター)
2009年3月31日 (火)
NYはだいぶ暖かくなってきました。皆様のお住まいの所はいかがでしょうか。
セントラルパークでは動物の動きが活発になってきたようで、アライグマの姿を目にするようになりました。
先日は、公園横の側溝から顔を出しているのを見掛けました。アライグマは雑食性だそうですから、溝の中にある食べ物や小動物を貪欲に食べて、生き延びているのでしょう。あれは元々野生のアライグマなのだと思います。
日本ではアニメの『アライグマ ラスカル』の放送をきっかけに飼う人が多かった動物ですが、気性が荒く、持て余して捨ててしまった人が少なくありません。
BBCやNHKでは自然番組の制作にあたって、動物の「擬人化」ということを戒めていますが、そういうことの大事さをあらためて感じさせられます。
捨てられたアライグマは、日本各地で急速に野生化してしまいました。特に三浦半島には生息数が多く、家の中にまで上がり込まれ、冷蔵庫を開けて中の物を食べられてしまった、という実話もあります。
そんな話を聞くと、アライグマには罪はなくても、何か恐ろしい気がして、見掛けても視線を合わさず、そそくさとその場を立ち去ることにしています。
2009年3月18日 (水)
「情熱トーク」、今月のゲストは天然物化学者で、コロンビア大学名誉教授の中西香爾さんを迎えてお送りします。
中西さんの物化研究は世界的に著名で、中西さんは、これまで全米アカデミー化学賞、ファイサル賞(アラブのノーベル賞)、恩賜賞、2007年には文化勲章も受章されました。
中西さんの研究は生物が作り出す化学物質の構造(原子の配置)を明らかにするもので、これまで約200の構造を解明されたそうです。中でも有名なのがイチョウ葉エキスから得られるギンコライドの構造です。このギンコライドは脳の記憶をつかさどる海馬を刺激するもので、アルツハイマー病の治療薬としての可能性に注目が集まっています。
子どもの頃は化学に全く興味がなかったという中西さんは、母校の名古屋大学で、化学のおもしろさに出会い、化学の道に進みました。卒業後は、東京教育大学、東北大学で教授を歴任し、1969年からは、コロンビア大学の教授をされています。一昨年、コロンビア大学名誉教授になられても尚、週末も含め、毎日のように大学に通っていらっしゃいます。まだまだ自然界の不思議について研究したいという熱意にあふれ、常に研究テーマを意識されています。
そんな中西さんの趣味はマジック。授賞式や学会の発表などの場で、巧みな技を披露してはみんなを喜ばせているそうです。私も、初めて中西さんのオフィスを伺った時は、真っ先にマジックの歓迎を受け、その巧みなトリックに驚きました。
天然物化学の権威でありながら、子供のように茶目っ気たっぷりな中西さん。そんな素顔もご紹介しながら研究に没頭する中西さんのひたむきな姿をお伝えします。是非、ご覧下さい。

3月26日(木曜日)
東部時間 午後10時43分〜
西部時間 午後7時43分〜
藤村 径子
2009年3月17日 (火)
浪曲一般には興味がないが、二代目玉川勝太郎だけは好きで、昔から繰り返し聴いている。浪曲はしばしば説明的でくどいが、勝太郎の浪曲と語りは上品でスピード感に富み、本当に洗練されていると思う。
特に優れていると感じるのは、人物描写の的確さだ。天保の時代、下総の笹川繁蔵と飯岡助五郎の抗争を描いた『天保水滸伝』のことは多くの方がご存じだろうが、ここには魅力あふれるバイプレイヤーたちが大勢登場する。中でも好きなのは、敵役助五郎の一乾分(いちこぶん)、洲崎政吉(すのさきのまさきち)だ。
政吉は親分助五郎を常に立てながら、自ら仕切るところは果敢に仕切っていく。「付けなくちゃならねえ始末は、及ばずながらこの政吉がつけます」と言いながら、親分に意見をするあたりなど、何遍聴いてもジーンとする。組織で生きる中でいちばん難しいのは、「どこまで自分で決め、何を上へ上げるか」ということだが、その点政吉は実に見事だ。
おっと脱線した。血で血を洗う仲の笹川から花会(各地の親分が集まる場)の案内状を、飯岡一家は受け取るのだが、親分助五郎はそこに足を運ばないどころか、祝いの金すら出そうとしない。親分の名代として政吉は、笹川への道を不安な気持ちを胸にたどるのだった。政吉はどう乗り切っていくのか。中間管理職必聴の名盤だ!
話のスジにちょっとだけ触れると、笹川の花会には諸国の親分が綺羅星のごとく集まっていた。さほど遠くはない飯岡にいながらやって来なかった助五郎のことを、国定忠治は満座の中で罵倒する。その時、助け船を出してくれたのが、忠治と同郷、上州の大親分・大前田英五郎だった。「親に罪はあっても子に罪はねえよ。な、いい若いもんだ。声だけかけてやってくれ」と、傍らから忠治と政吉の間をとりなす場面にはいつも胸が熱くなる。
この他、仙台魚町・丸屋の忠吉など、いいんだなあ。
『天保水滸伝』で特に好きなのは、曲師の玉川菊江さんの三味線と合の手だ。控えめでありながら前に出るべきところは出て、勝太郎の語りと絶妙のコラボを形成している。民謡のソエ掛けもそうだが、こうしたもので作品は全くちがったものになってしまう。浪曲の合の手にはくどいものが多いが、菊江さんのは絶品だ。
大分前のことになるが、一度『水滸伝』の舞台を見ておきたいと、九十九里海岸の飯岡町や利根川沿いの笹川町を訪ねたことがあった。(その後の町村合併で名前はもう変わってしまったが。)
飯岡から笹川への道を車で走りながら、「ここをたどって洲崎の政吉は笹川に向かったのか」などと感慨にふけった。浪曲には「夏目、清滝いつしか越えて」とあるが、実際には清滝、夏目の順だななどという、私にとっては大きな発見もあった。
また、房総半島の大きさを実感できたことも収穫で、江戸時代、これだけの広い土地を旗本などの小領主が分割していたのだから、侠客などが羽を伸ばせたのだろうななどということも感じた。
その時の旅は家族も一緒だったのだが、感激しているのは当然自分ひとりで、家族はカーステレオから流れる勝太郎の名調子を、「全部覚えているんだからもう聞かなくてもいいでしょ。早く消して」と言う始末だった。
以上、つまらぬ私的な感想でした。
ちなみに、二代目玉川勝太郎の入手出来るCDは本当に限られています。もう少し聴けたらなあ、というのが叶わぬ願いです。
2009年3月16日 (月)
放送局と契約を結ぶ必要に迫られた時や、各種法律的なアドバイスをもらう必要がある時など、ワシントンDCにいる顧問弁護士のところに足を運ぶ。彼がNYに来る時もあるから、結構な頻度で顔をあわせていることになる。
彼とは公私とも親しくさせてもらっているのだが、ひとつだけ気になるのは、ビジネスの場の会話になると、彼が私の話に対して、あいづちを打ったりうなずいたりすることがほとんどないということだ。日本人の場合、相手の言い分に賛成だろうが反対だろうが、ほとんどそれに関係なく、過剰なくらいうなずいたり、あいづちを打ったりする人が多いものだが、彼は、私がしゃべっている間、特別の反応を表に出すことなく、じっと目を見つめながら話を聞いている。そうされると私としては、日本的な会話の反応に慣れてきたせいか、しゃべりにくい感じがするのだ。
すべての弁護士が彼のようかどうかは分からないが、彼の気持ちの中に、「うなずくことで、自分が相手の考えに賛成しているかのような印象は与えたくない」という考えがあることは間違いないだろう。
以前、別の弁護士と何かの交渉事に一緒に臨んだ際、「今日はあんまりnodしてはだめですよ」と言われたこともあった。ワシントンの彼も、私的にメシを食べたりする時になると、うなずいたりあいづちを打ったりするところを見ると、あの「うなずきレス」はon dutyの時のテクニックなのだろう。
余談になるが、私にとって弁護士との会話は、話している内容は難しいが、ヒアリングはむしろ楽だ。何について話しているのか、どういったことが選択肢として提示されそうか、見当がつきやすいからだろう。
2009年3月13日 (金)
昨年10月~12月末に行なったビッグファミリーキャンペーンのプレゼント賞品抽選がありました。
見事賞品がご当選された皆様、おめでとうございます!
高額賞品が当選された方々へは、既にカスタマーサービスからお電話で連絡をしています。
当選のお知らせをする際は、こちらも緊張するものですが、お客様の反応も様々ですね。たいてい、最初は驚かれ、「本当ですか!?」と半信半疑の方もいらっしゃれば、「キャー!」と感嘆の声を上げる方もいらっしゃいました。中には間違い電話と勘違いされ、電話を切られかけたことも?
また、その他賞品の当選者へは、こちらから随時、賞品を発送しており、先日、早速、賞品が届いた方から、「リベートチェックをもらっただけでも嬉しいのに、抽選にも当たるなんて感激です!ありがとうございました」と感謝の声が寄せられました。全賞品、来週中にも、皆様のお手元に届くよう手配しています。抽選結果が気になる方は、カスタマーサービスまでお問合せ下さい。
多数のご応募、誠にありがとうございました!
2009年3月10日 (火)
テレビジャパンはウォール街のすぐ近くにありますが、このあたりはお昼の食事を簡単に取れるところが、案外ありません。という訳で毎日の昼食は、スープ+サンドイッチ屋さん→社のすぐ前の屋台のホットドッグ→食品スーパーみたいなところのうどん・・・といったローテーションになります。中でもスープは、ほぼ中2日の間隔で確実に登板してきます。
と言っても、おひるは定時にはまず食べられません。毎朝パソコンを開くと、日本やヨーロッパからのメールが山のように来ていて、それを何とかさばくと、午後1時2時になってしまいます。
そもそも「これを片付けてから気持ちよくメシにしよう」というのは、日本的な感覚なんでしょうね。以前中国で仕事した時のことですが、彼等は12時前になるとそわそわしてきて、とても仕事にならなかった経験があります。良い悪いでなく、これは国民性でしょう。
で、14時頃までメールを打ちまくったり電話を掛けたりしていると、今度は「どーせだ、15時まで行こう!」という気になってきます。何で15時か、ですって?実はそのスープ+サンドイッチ屋さん、午後3時を過ぎると、サンドイッチが半額になるんです。そこで空腹をこらえて、3時まで仕事を続けるという訳です。
でもここにも盲点があって、その時間になると、一個売りのサンドはもうなくなっていて、私にはちょっと多すぎる2個セットのものしか残ってないことが多いのです。当然2個の方がお値段は高いですから、半額と言ってもオトクにはなりません。
ですからそのお店へ行く時は、「今日は1個のが残っていてくれるかな」などと考えながら足を運びます。以上、どーでもいいことを書きましたが、半額の「1個君」にめぐり合えると、それから30分くらいは人生の喜びを感じていられるので、あえて記してみました。
2009年3月 5日 (木)



この前、久しぶりに長距離の飛行機に乗る機会があった。私は短距離のフライトの時は、下が見たいから窓際の席、国際線など長距離の時は手洗いのことを考えて、通路側を希望することにしている。その日は幸いaisleの席が取れて、これなら大丈夫と、安心してワインなどを口にしていた。
私の隣はアメリカ人の母子だった。食事が終わった頃から娘さんの様子がおかしくなった。気分が悪くなったらしく、フライト・アテンダントから薬をもらったりしていたが、そのうち洗面所に立つようになった。
2回目に席を立った後、私はお母さんに声をかけて、通路側の席を譲り、窓際に移動した。せっかく通路側の席だったのになあ、という思いは一瞬した。
そのうちお嬢さんの具合は良くなったらしく、通路側の席からはやがて笑い声も聞こえてくるようになった。ホッとしたのだろう、お母さんが私に感謝の言葉をかけてくれた。アメリカ人なら誰もがすることを若干ためらいながらしただけなのに、「あなたはジェントルマンだ」と、こちらが照れてしまうようなことまで言うのだ。
その時思い出したのが、昔どこかで聞いたfaire de necessite vertuという、フランス語の言葉だった。直訳すれば、「必要から(が)徳を作る」。どうせやらなければならないことなら積極的にやりなさい、という意味も込められているかもしれない。なるほど、あの言葉の意味はこういうことだったのだ。
ただ、徳というのはなかなかキビシイものだ。フライトの前半、いい調子でワインを飲みすぎたので、窓際に移った後は、「タンク」が満タンでしんどかった。
2009年3月 4日 (水)
今回は(と言ってもブログを書かせてもらうのは初めてです!)私の愛犬についてちょっと一言。。。というのも、現在私が飼っている犬は大型犬二匹。
右側はダルメシアン×ピット・ブル(10歳)
左側はブロッド・ハウンド(1歳)
犬が大好きな私にとっては子供のように可愛い!!ただ!やっぱり犬は犬、人間には理解できないような感性や嗅覚を持ち合わせています。
ここ最近雨が多いロサンゼルスでは、家に帰るとカーペットが泥だらけ・・・
2009年3月 2日 (月)
2月の「情熱トークUSA」- サイコセラピスト 松木史さんの放送をご覧になった視聴者 の方々から、このブログにも感想のコメントを頂いています。有難うございます。皆さん自身が経験された海外生活での苦労を思い出しながら、日本人が抱える「心の問題」を語る松木さんのお話に共感して下さったようです。本当に海外で暮らし始めると、言葉の壁や習慣の違いを始め、さまざまな問題にぶつかるものですね。そして、それは誰もが必ず一度は経験する事だと思います。
私もそうでした。
夫の仕事の都合でアメリカ、ニューヨークに越してきたのは息子が生後7ケ月の時。知り合いが一人もいなかった上に、今のようにインターネットで簡単に情報を入手出来る時代でもなく、日本から持ってきたガイドブックを頼りに、街を歩き、買い物をする、文字通り手探りの状態から生活を始めました。

しかし英語がうまく通じない私は、次第に人と接するのを避けるようになり、家の中で子供と過ごすだけの毎日を送るようになっていったのです。生来社交的であった私が一転して内向的になり、長い間閉じこもっていたという経験があります。
そんな私を連れ出してくれたのは、下の階に住むアパートの大家さん。一歩も外に出ようとしない私を心配して、地域のコミュニティーセンターに連れて行ってくれたのです。そこには母親たちが子供を遊ばせる場所やアクティビティーのクラスがあり、子育てのサポートグループも運営されていました。

他に行くところもなかった私はそれから毎日子供を連れてセンターに通い、生活は少しずつ変わっていきました。徐々に友達が出来、知り合いが増えるにつれて、自分も地域の一員なのだ、という気持ちが芽生えていったのです。誕生日パーティーやサンクスギビングなど、様々な行事にも招待されるようになっていきました。とても嬉しかったのをおぼえています。
もしあの時、外に連れ出してくれる人がいなかったら、私はどうなっていたでしょう。今こうして、アメリカで充実した毎日を過ごしている自分を振り返るたび、周りの人々に助けられてきた沢山の出来事を思い出します。その全てに心から感謝しています。人々の暖かい思いやりは本当に有り難いものでした。そして、「次は自分が恩返しをさせて戴く番だ」と心がけながら毎日を過ごしています。
松木さんがおっしゃっていた「お互いが助け合う」ことは、本当に大切なのだとしみじみ思うこの頃です。
野村美由紀(キャスター)