アポイの桜
2009年4月15日 (水)
北米各地の桜はもう峠を越したでしょうか。まだまだこれから、というところも多いでしょうか。
私の中で最も強く記憶に残っている桜は、北海道日高の最南端にあるアポイ岳の山中で見掛けた山桜です。
北海道にいる時、毎年4月の末か5月になると、足慣らしのつもりでアポイに足を運びました。苫小牧から延々各駅停車で終点の様似まで行くのですが、その長い時間も、山の季節が近づいてくるようで楽しかったものです。
雪というのはなかなか溶けないもので、北海道の山は5月の連休頃になっても深い雪に覆われていますが、アポイは比較的雪が少ないところでした。
アポイは標高1,000メートルに満たない山ですが、花の種類が多いことで有名です。もうひとつ、私が日高の山を好きなのは稜線がはっきりしていることです。私は、エッジのすっきりした稜線を眺めるのが好きなのです。
ある年頂上に立った後、今年は下りるコースを変えようと、襟裳岬に近い幌満という地区に至るコースを取ったことがあります。北海道の山はどこも人が少ないですから、何時間か歩いても全く人に出会いません。心細くなりかけた時、足元に小さな花びらが一枚落ちているのに気づきました。あれっと思って見上げたら、そこは可憐な山桜の花が満開でした。
思わず、「そうか、自分のためだけに咲いていてくれたんだ」という気分になって、嬉しくなりました。不安も吹き飛んで元気が出ました。やや日の傾きかけてきた中、花の下で小休止しながら、「行き暮れて木(こ)の下影を宿とせば 花や今宵のあるじならまし」などという古歌を思い出しました。
あの桜はほとんど誰にも見られないまま、今年も見事な花をつけていることでしょう。

いつも楽しく拝見させて頂いております。
週末にワシントンDCに行ってきましたが、ほとんど桜が散っていました。残っている桜の木は数本のみ。それでも美しいと思って幸せな気持ちになりました。やはり日本人は桜に特別な思いがあるのでしょうか。
ご覧頂きまして有難うございます。私は木瓜も好きで、華やかな桜の陰にひっそりと咲いている、その花を見るのが好きです。艶という表現がぴったりだといつも思います。アメリカでは木瓜を見掛けることがなく、寂しい気がします。 K
野暮を承知で書きますと、「アポイの桜」に引用した古歌とは、『平家物語』の「忠度都落」のところに出てくる歌です。薩摩守忠度は「いずれ戦いが終わったら勅撰集の編まれることもあろう」と、歌人の藤原俊成に自分の書き溜めていた歌を託して、西国に落ちていきます。平家物語の数あるエピソードの中でも、ひときわ印象に残る場面です。
私の小さい頃、「無賃乗車=ただ乗り」のことを忠度の官職名に引っ掛けて「薩摩守(さつまのかみ)」と言う人がいましたが、もう死語でしょう。誰もが共有する「国民的教養」というものが、崩壊してしまったのですから。
昔、あるアメリカ人のパーティーで百人一首の話になったことがあります。いくら説明してもわかってもらえないので、そこにいた何人かの日本人の力を借りて、20か30の歌を紙に書き出して、読み手と取り手に分かれて、俄かデモンストレーションをして見せました。周りからは「何と優美なゲームだろう」と賛嘆しきりでしたが、こういった伝統ももう失われてしまったようですね。
桜への思いは、日本人共有のセンティメントとして、残っていってくれるのでしょうか。
江戸時代以降の知識しかない私は、薩摩守忠度が薩摩出身の人だと思いました。まさに「国民的教養崩壊」の一人です。m(_ _)m
「無賃乗車」を「薩摩守」と言うというのは初めて聞きました。平安時代の武将の官名が未だに隠語と使われているという事に、歴史を重んじる日本人の気質が現れているようですね。そう考えると日本人の桜に対する思いはいつまでも残っていくと思います。