causeをめぐる議論
2009年7月28日 (火)
ヨーロッパでも同じことだろうが、アメリカの政治の動きや政治家の発言を聞いていると、日本に比べて、非常に理屈っぽいという感じがする。
これは当たり前のことなのであって、「政治とは言葉によって人を動かすものだ」という考えが、政治家にも国民の間にも、常識以前のものとして定着しているからだろう。そして、言葉を通しての議論の中で最も重視されるのは、causeというものだろう。理念、考え方というもの。
それに比べると、日本の政治は何よりも「状況優先」という感じがする。理念をぶつけ合うより前に、全員が状況への折衷に邁進していく感じがする。
現在アメリカの政治の最大のテーマは、「国民すべてを対象にした医療保険制度を導入するか。するとしたらどのようなものにするか」という問題だろう。
この問題は実に複雑だから、毎日のテレビや新聞を見ていても完全に理解することは難しい。ましてや外国人にとっては不可能なことなのだろう。
ただ私が興味深く感じたのは、政治家たちが特に議論の当初、「連邦政府の役割とは何か」といった点について積極的に発言していた点だ。連邦政府と州政府の役割の分担、政府と民間の役割をどう考えていくかという問題は、建国以来、アメリカ政治の最大のテーマだが、そうしたポイントが今回の経済危機の中で、再び脚光を浴びていることが面白かった。
主に共和党の議員の、「国が経済の問題に介入することは、国民が多様な選択肢を手にするための妨げになる」という発言が聞くと、アメリカ政治史の教科書で読んだ19世紀の議論が、21世紀の今に再出しているような気がする。
隣の芝生は青く見えるものだろうが、こうしたideeのぶつかり合いを、日本の政治においてもっと見たいと思う。

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