プラトンとホラティウス

K

2009年10月 6日 (火)

   向田邦子さんのこんな随筆を読んだことがあります。

 

プラトンとホラティウス.JPG  外国のホテルで枕元のラジオをひねったら、日本でずっと聴いてきたクラシックの名曲が流れてきた。それを耳にして、『ああ、自分の学んできたことは間違いじゃなかったんだ』と思った」というのです。

 

 凝縮しきった向田さんの随筆のエッセンスを伝えるのはとても出来ない芸当ですが、「間違ってなかった」というのは、「自分が吸収してきた西洋の文物は、当たり前のことながら現地にちゃんと存在していた」という意味だったと思います。私は向田さんよりずっと若い世代の人間ですが、その感覚は分かるような気がします。

 

 先日、大きな失敗をして落ち込んでいるアメリカ人の友人を励ましたことがあります。その時、最後に私はこんな言葉を口にしました。

 

  'I would rather be  wrong with Plato than  be right with Horatio."(ホラティウスとともに正しくあるよりプラトンとともに誤った方がましだ) 「どんなことがあっても君の味方だよ」という意味で言ったつもりなのですが、友人はキョトンとしたままでした。

 

 この文句は中学の時だったか、何かの本で読んでからずっと記憶に残っていたのです。何十年後にやってくるこの時のために覚えていたのかもしれません。それが空振り三振とは・・・。友人には失礼な話ですが、「それはないよなあ」と言いたいところでした。実際、English speaking  people は上のような表現を使うものなのでしょうか。

 

(写真は左プラトン、右ホラティウス)

 

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