「私の青春時代」視聴者の皆様の反響(第二部)
2010年1月 6日 (水)
いつもテレビジャパンをご覧頂き
ありがとうございます!
第一部に続き、「私の青春時代 第二部」へお寄せ頂いたメッセージをここでご紹介させて頂きます。
第二部は、"夢と希望を胸に〜戦後の日本に見る若者たちの姿〜"
12月22日放送。
戦後渡米した日本人のお話の中で、頻繁に登場するのが、GHQを
頂点とする進駐軍(米軍)のお話です。
TV JAPAN 制作の「わたしの青春時代」拝聴しました。番組を見て、私の伯母で、すでに亡くなっていますが、戦前にカナダへ移住し三人の子供たちを立派に育てた伯母の苦労話を思い出させるものでした。伯母は18歳の時滋賀県から、同じ村の出身者の青年のもとへ嫁いだのです。
戦争中カナダの中部へおくられ慣れない農作業をしたこと等息子を苦労して医学部へいれ医者にした事など、涙をたたえて聞かされました。1974年にカナダへやってきた私とは、比べものにならないほどの苦労をしております。伯母は私の母の姉で、私の母はいつも伯母の話を日本に居る時聞かされておりました。母は伯母のことを"アメリカにいる姉さん"と呼んでいたものですから、伯母はアメリカ合衆国のどこかに住んでいるものと思っていたのですが、実際はカナダのバンクーバーに住んでおりました。
カナダに来てすぐにトロントへ来て主人と結婚をし、35年が経ちました。3年前に主人共々退職をし、娘夫妻の住むキングストンへ引越しをしました。田舎町での静かな生活を楽しんでおります。
以上、番組の感想にはならないのですが、何時もTV JAPAN を見ております。今後ともいい番組の放送、そして身近な話題の自主制作番組等、期待しております。
(A.Mさん カナダ オンタリオ州)
第二回の青春の時代みました。よかったです。色々勉強になりました。
これで終わりですか?
(K.Wさん)
第二回目は三人ともアメリカに来る前になんらかの形でアメリカとのつながりがあったみたいですね又我々一般市民とはちょっと違った人でした(特に近藤さん、川上さん)鎮子さんはいわゆる戦争花嫁さんですね。
私の主人は戦後難民救済法で労働者として渡米してきましたので言葉に出来ないほどの苦労をしています一緒に来た人は皆さん大変だったと思います。働く所はフレスノだったのでとても暑くて(夏は120度になります)ここでブドウ収穫していたとのこと主人は三日目に日射病になったとのことです。
カルフォルニヤの百性は日本人なしではこんなに発展できなかったのではと私は思います。この人たちは来たときは全然英語がわからないので働くしかない青春時代だったのでしょう。私の主人は23歳で来ています。
(K.Jさん カリフォルニア州)
「わたしの青春時代」を拝見しました。驚いたのは、在米歴が長いのに、どなたもきちんとした日本語を話されることです。また、特に22日放送の、最後のハリソン鎮子さんのエピソードには大変感動しました。
アメリカに戻られたご主人が、再度来日しプロポーズなんて、まるで映画か小説のようで胸を打たれました。若いうちの留学などと違い、40歳過ぎてからの渡米で色々ご苦労もあったと思います。今は少し体調も思わしくないご様子でしたが、訪ねてきてくれるお友達もいらっしゃるようで、いつまでもお元気でいてほしいと思いました。
(K.Gさん メリーランド州)
番組見ました。もうやばいです。泣いてしまいました。あまり泣かせないでください。
第二次世界大戦という時代に翻弄されながらも前向きに力強く生きる人生の先輩方に大変感銘を受けました。戦争のせいで一度はあきらめた建築家の夢をあきらめず、見事適えた近藤さんには「私だってこれからだ」と勇気づけられました。
川上さんには、激動の半生とそれを陰で支えてきた奥様の二人三脚の姿に心を打たれ、今川焼を食べていらっしゃる姿にじん、と来てしまいました。そして、その後、お二人で手を組んで歩く姿にとうとう涙が出てきてしまいました。そして、ヒューバート静子さんが「流浪の民」の歌にご自分の人生を重ねるシーンでたまらなくなり、お墓参りで涙腺が爆発状態でした。
良質のドキュメンタリーをどうもありがとうございました。
(S.Sさん ワシントン州)
今晩のプロラム「私の青春時代」を観た感想です。
ご三人とも、渡米前は日本国民全体がまだ海外事情に無知であった時代に幼少を過ごし、戦う相手の「アメリカ合衆国とは何者ぞ」をも知らず、又知らされずそれぞれ戦中を体験し、敗戦となり、完全に破壊された地上生活から目の前に現れた占領軍に始めて接触された方々です。
ですから、このご三人は戦後日本が国際化してゆく段階で、海外での日本人の活躍のはしりを代表していると思います。日本人が敗戦により海外に目を向け始めるきっかけが、成り行きとしてアメリカ合衆国を通してであったのは当然ですが、ご三人がまず、アメリカに勇躍し、青春時代をフルに充実させ過ごした事が沢山の写真と共に紹介され、大変印象深いプログラムとなっています。
ご三人とも戦前、戦後の青春時代の写真をあのように沢山保存し持っていらっしゃる事に、先ず驚きました。TVプログラムの大半が Visual である事を思うと写真の威力が感じられます。ご三人の方々は戦中最初の方が日本陸軍の二式戦闘機の主翼の強度の実験をしている事、二番目の方は海軍兵学校の生徒であった事、三番目の方のご主人が戦死している事など、浅く深く何らかの形でアメリカに縁があり、結局アメリカにおける青春時代から日常の生活を通し白人社会に溶け込んでいった事実が印象的でした。
とにかく、このご三人がアメリカで達成された一生の業績は大変な水準にあり、私の次元とは比べ物にならず、その差大きいのを切に感じました。と同時に、このご三人の成功物語を通して、アメリカ文化の良さ、アメリカ人の美点が非常に素直に紹介されており、したがって、このプログラムを視聴した人々、現在のアメリカ在住者には大変な刺激となり、彼らに将来への希望、明るさ、勇気、そして自信さえ与え得た良いプログラムとなっているとも感じました。
前回同様、重ねてこの種のプログラムは本邦国内向けに大変な威力を発揮するものとの印象を受けました。日本人には充分海外進出への適応性があり、異文化を吸収出来得る優秀な民族であることを紹介しているからです。
最後に、アメリカに移住した戦争を知らない戦後生まれの日本人の青春時代を紹介したプログラムも良いのではないかと思いました。
(K.Gさん ワシントン州)
また「わたしの青春時代」も良かったです。特に、前編のカリフォルニア在住のおふたりのお話から、LAの昔を垣間見ることができ、勉強になりました。
(L.Sさん カリフォルニア州)
「私の青春時代」12月15日と22日の放送2回分を見ました。
私にとりましては古い写真や映像を見るのが楽しく、ノンフィクション物に興味がありますので、アメリカに渡り長年暮らしてこられた人生の先輩方がその時代をどのように過ごしてこられたのか、個人的な生き方を紹介したこのような番組を通して当時の日本人の生活の様子を知ることが出来ます。
私はこの国での日本人/日系人の歴史に興味を持っていますので、地域に住む高齢の方々との交流を通してその方々からお話を聞くことがあります。しかしこういう方々からのお話といいましても、断片的であったり詳しい説明を伺うところまでには至らなかったり。例えば「詩吟を楽しんでいた」という話題になっても私自身が詩吟がどのようなものか知らなかったり時代背景が良くわからなかったりしますので深く理解するところまでにはなかなか至りません。
そういう点、このように番組にして紹介していただくと「同胞」という言葉までもが、当時の人々にとって大変意味深いものであるなど伝わってきます。番組に登場した方々と同世代の視聴者にとってはとても懐かしいお話を当時の映像を交えたこの番組を見ることでご自身の青春時代を振り返りながら楽しいひと時を過ごされたことでしょう。良かったと思います。
(T.Mさん カリフォルニア州)
今年もテレビジャパンクラブをよろしくお願い致します。

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