斎藤茂吉
2010年2月 5日 (金)
歳月の力というのは恐ろしいもので、その時どんなに読まれた文でも、時間とともに刻まれた刻印が風化していくのは避けがたいことでしょう。
若い頃愛読した文章を年齢を重ねてから再読して、その浅薄さに愕然としたという経験は、多くの方がお持ちではないかと思います。しかし一方で、深く鋭く刻まれた跡は、時が経ても消えることはないのでしょう。
経済学者の中山伊知郎氏と言っても、もう記憶されている方は少なくなってしまったでしょう。昭和30年代の初め頃、氏が同じく経済学者の東畑精一氏などと文学談義を交わしていて、「今から100年200年経った時、残っている文学者は誰だろうか」という話になったことがあったそうです。中山氏たちの結論は「斎藤茂吉かなあ」ということだったと、どなたかの随筆で読んだことがあります。
なるほど。
中山氏も東畑氏もいずれも当代随一の学者でしたが、今そうした立場にいる方々が集まったとして、その場でこんな書生談義を交わすことがあるのでしょうか。世紀が変わってもう10年。社会の指導層に幅のある方が減ったのは間違いないのかもしれない、という気がします。

斉藤茂吉を読まない、知らない、これが普通になってしまった日本が異常なのです。
どこの国でも、自国の文学、文化を大切にします。
アメリカでさえも、そうです。
流行でないもの、マスコミやテレビが取り上げないものは、「興味ないしー。」
日本人への不平不満は山のようにありますが、言えば村八分になりますので、黙っています。
2月5日の貴ニュースに懐かしい名前を発見しました、それは中山伊知郎です。現在では彼の名前を知る学生はほとんどいません。
小生は中山先生の退職まえの最後の講義に出席しました。先生は”これで私の講義は全部終了したが、諸君は将来時間ができたらぜひもう一度学校に帰ってきてほしい。学校で経済学の勉強を続けるのもいいが、今度はひとつ文学の研究でもしたらどうか”と申されました。先生の文学にたいする造詣がずいぶん深いことは周知の事実であり、斉藤茂吉を推奨されたことはわかるようなきがします。
ある歌人が公民館で講演したとき「知っている歌人は?」と尋ねたとき、斎藤茂吉の名前はでたがそれ以降の歌人の名は出なかったそうです。優れた作品は時間の推移にたえることができる。正岡子規・夏目漱石などは、斎藤茂吉より一世代前の人。「前衛短歌」も斎藤茂吉を学びそれを乗り越えるところからはじまりました。詩人の高村光太郎・作家の芥川龍之介を知らない人がいないように、歳月をへてなお残るものが「名作と呼ばれる作品」だと思います。
コメントを下さいました皆様へ
まことに有難うございます。同じ感じ方の方を見出して嬉しくなります。
人生の喜びです。 K