2009年9月16日 (水)
キャスターの沼田靖子です。
アメリカでまったく豆腐が知られてなかった25年前に、雲田さんの人生をかけた戦いが始まりました。とても興味深く、元気をいただけるお話です。"私もアメリカでがんばるぞ!"そんな気持ちになれる今回の「情熱トークUSA」だと思います。

ちなみに放送には出てきませんが、豆腐の健康パワーは皆さんご存じですよね。乳がんの予防などにも効果があるといわれていますが、雲田さんは、"髪の毛にも良い効果があるのではないか!?"とおっしゃっていました。7人兄弟で現在、御髪がフサフサなのは、雲田さんだけだとか。豆腐は毎日、召し上がっていらっしゃるそうです。日本を代表する健康食品、私も日本にいる時より頻度高く、おいしく、いただいています。
明日の放送、ぜひお楽しみに!
2009年9月15日 (火)
こんにちは、番組制作ディレクター山本です。
「情熱トークUSA」放送を明日に控え、準備万端と言いたいところですが、
放送前は緊張するんです。
「何かの事故で放送が流れなかったらどうしよう」とか。
どの仕事でも、現場の緊張感ありますよね。
さて、今月のゲスト、雲田康夫さん(前 米国森永乳業社長)は
アメリカで豆腐を現場主義で売り続けてきた方。
自ら「豆腐バカ人生」と呼ぶ程、アメリカに来てからの25年間、
豆腐に明け暮れた毎日を送られてきました。
取材で訪れたのは、ロサンゼルス郊外に拠点を置く、
雲田さんが現在手掛けるこんにゃく製造会社「FREC USA」。
皆さんが、アメリカ/カナダで購入するこんにゃく製品のほとんどが
雲田さんの工場で作られています。
雲田さんは、コンニャクの他にも、日本食文化普及の事業に携わるなど、
様々なことをされていますが、やはり、現場主義の方。
工場の中でのコンニャクのお話から始まり、豆腐人生の全てを熱く
お話して頂きました!
今回、番組では「豆腐市場のないアメリカでどのように豆腐を売ってきたか?」
という点に加え、雲田さんを通して1人の駐在員としての生き方を捉えてみました。
テレビジャパンの視聴者の多くにも、駐在で来られている方も多いと思います。
日本とアメリカという2つの国の中で、どう考え実践にうつしていったのか?
皆様ご自身の境遇と照らし合わせながら、ご覧下さい。
「情熱トーク USA 〜Mr.TOFU 雲田康夫〜」
本放送 9月17日 (木)
午後10:43(ET)
午後 7:43(PT)
再放送 9月19日 (土)
午後 2:33(ET)
午前11:33(PT)
2009年9月15日 (火)
毎年この時期になると、北海道の江差町で「江差追分全国大会」が開かれます。あの「かもめの~」で始まる民謡は、どなたも一度は耳にされたことがあると思います。
江差町にある江差追分会館(写真)には、この1曲を歌うためだけに日本全国、全世界から何百人もの人たちが集まり、江差追分日本一の座を競います。今年は9月14日(金)から3日間の予定です。インターネットによる中継もありますので、ご興味のある方は是非ご覧下さい。
全員歌うのは「江差追分」1曲だけですが、歌い手によってこうも違うかと感じさせられるくらい印象が異なるのです。まさに、江差追分にはその人の人生が聴こえる気がします。
私は北海道にいた時、優勝した20台の女性の方のお話を伺ったことがあります。その人は実力十分で、毎年「今年こそ日本一間違いなし」と言われながら、アガるせいもあって、毎年苦杯をなめていました。念願の優勝を果たした彼女に、私は「これからはゆっくり歌えますね」と声を掛けました。
その時、彼女から返ってきた言葉が忘れられません。「これから私の歌を聞く方は、私の歌を日本一だと思ってお聴きになるのですから、これまで以上に緊張します」
何という立派な言葉だろう、と問うた自分が恥ずかしくなりました。
2009年9月10日 (木)
あれから8年。あの日は、秋晴れの雲1つない青い空が広がり、とても爽やかな朝だったことを今でもはっきりと覚えています。。
9/11から2週間後、私どもカスタマーサービスは、ウォール街にあるNYオフィスが、電話、インターネット回線が不通の状態が続いた為、ミッドタウンにある仮オフィスにて、臨時トールフリーを開設し、対応業務を再開しました。NHKからの伝送をそのまま放送し続けていて、電話もつながらない・・・ようやくテレビジャパンからの伝送が可能となり、状況を説明するスポットは出したものの、さぞクレームが多いだろうな、、と恐々しながら対応に出たものでした。
しかし、実際に電話に出てみると、確かにクレームも受けましたが、それ以上に、励ましのお言葉をかけて頂いたり、その後も、続々と励ましのお電話や手紙、Eメールがたくさん寄せられました。まだ周囲は大変な状態で緊迫感が漂っている状況下で、不安な気持ちを抱えながらの再開でしたので、それがどれだけ私どもの心の支えになったか計り知れません。
あの時ほど、お客様方の理解や支援を有り難く思ったことはありません。多くの支えがあったからこそ、苦境を乗り越えることができたのだと思っています。
跡地には、記念塔や、オフィスビルの建築がはじまり、日々、変化が見られます。本当に恐ろしく大変な思いをしましたが、あの時に得た教訓は一生のもので、生涯忘れることはないでしょう。
毎年、この日が来るたびに、気が引き締まり、改めて思うのです。
あの時と同じ場所で、同じ仕事ができ、普通に生活できていることに感謝し、誇りを持って、強く、たくましく生きていこうと。
2009年9月 8日 (火)
こんにちは。新しくTVJapanでインターンを始めた藤本東子です。東子と書いてはること読みます。神奈川県藤沢出身で6年前にアメリカに来ました。5月にシカゴの大学を卒業してNYに引っ越してきたばかりです。シカゴもいいですが、NYはやっぱり楽しいですね〜!
実はこの前旅行をした時にホテルでTVJapanが放送されていました。日本から訪ねてきた父は相撲や日本のドラマが見れてうれしかったようです。(英語ができないので他のチャンネルはさっぱり分からないようでした・・・)
映画と写真と旅行と親子丼が大好きです。一生懸命がんばります のでよろしくお願いします!
2009年9月 8日 (火)
今年の夏のNYは例年になく雨が多く降りました。雷もよく鳴り、夕方になると、毎日のように強風とともに激しい降雨がありました。夕立をはるかに上回る強さのdownburstで、公園の大木が根こそぎ倒されたこともあります。
8月その公園で、ジョギングにやってきた人が、折れてきた枝に頭を直撃され、意識不明の重態になるという事故がありました。たっぷりと水分を含んだ木がもろくなっていたのです。
その事件が発生するまでも、漠然と「大雨の後は何か危ないことがありそうだな」と思っていたのですが、それが現実のものになってしまったわけです。その人は熱心なジョガーだったとのこと。きっとセントラルパークが大好きだったのでしょう。それだけに余計痛ましい気がします。
2009年9月 3日 (木)
お客様廻りがメインの仕事となる営業ですが、時にはこんなところにも顔を出します。
今回お邪魔したのは大手日本食料品ディストリビューター主催のレストラン関係者向けフードショー。特に今回は「日本酒」「焼酎」をテーマにしたものでした。(決して酔っぱらう為に行った訳ではありません!お仕事です)
業界の方のお話によると、昨今の日本食・Sushiブームの風に乗りアメリカでの日本酒消費量も、2000年頃から順調に伸び続けているそうです。アメリカ国内の日本酒製造蔵元も5軒を数え、アメリカ産の日本酒は広く流通し、メジャーになりました。
最近では日米間を結ぶ物流の技術(コンテナの保冷技術など)の進化により、日本でもなかなか手に入らない銘酒や、小さな蔵元の『純米大吟醸』や『吟醸酒』がレストランでも、そして一般の小売店でも見かけられるようになりました。
今回のショーでは大手から小規模な蔵元まで42の蔵元さんが揃い踏み。出席したレストラン関係者の皆さんは、カタログ片手に熱心に説明を聞いていました。この中にアメリカで大ブームを巻き起こす一本が隠れているかも知れませんよ。
それでは、皆さんのお口に入る前にちょっと味見を・・・。W.K.
2009年9月 1日 (火)
日本にいた頃、8月が終わるこの時期になると、「夏山の季節もおしまいだな」という思いを感じたものです。どの季節の山が特に好きということはないのですが、夏山の、あの「太陽と格闘する」感じには強く惹かれます。
今年、日本の山では多くの痛ましい事故が発生しました。遭難事故が起きると、メディアにはよく「引き返す勇気が欠けていた」といったコメントが掲載されます。それはそのとおりなのですが、山の好きな方なら同感いただけるでしょうが、分かっていてそのことが出来ないのです。道に迷った時など、引き返せばいいのに、「今まで自分が払った労力と時間を無駄にしたくない」という気持に克つことができず、つい前へ進んでしまうのです。特に単独行の時はそうでした。
あらためて亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
2009年9月 1日 (火)
NYでは大分日が短くなってきました。緯度の高い地域の夏のピークは夏至なのかもしれないとは、毎年感じることですが、気温的にまだまだ高い時期にどんどん日没が早くなっていくというのは、私にとっていまひとつ妙な感覚です。
東京だと夏至の頃の日の入りは19時01分くらい。冬至の頃は16時28分くらいですから、日没時刻は半年かけてそれだけ変化していくことになります。日本だと1日の変化は1分以下ですから、この時期も日の入りが早くなっていることにあまり気が付かないのでしょう。
一方NYは1日あたりの変化がもっと大きいですから、変化に気がつきやすいのかもしれません。
2009年8月25日 (火)
こんにちはテレビジャパン営業部です。
前回はSan Joseの夏祭りの模様を報告しましたが、今回はサンフランシスコの町並みをご紹介したいと思います。

左6つの写真はいわずと知れたサンフランシスコの名所・名物。まず一番左上は、霧がかかっていて分かりづらいですが、かの有名な「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」。この橋は、サンフランシスコ湾と太平洋が接続するゴールデンゲート海峡に掛かるつり橋で、全長2,737メートルで1973年に完成。
その右は「フィッシャーマンズワーフ」。「漁師の波止場」の名の通り、この周辺は19世紀半ばのゴールドラッシュでサンフランシスコが大きな町になった時期以来の漁港で、様々な色に塗られた漁船が多数停泊し、とれたばかりの魚やエビ・カニ類を水揚げする場所となりました。写真の看板はあまりに有名です。
また、サンフランシスコは、半島に突き出た丘陵地帯であるために、街中に急な坂道が存在し、それゆえに公共交通機関がとても発達しています。路面電車や戸ローリーバスの利用比重が高く、電線が張りめぐらされ、独特の雰囲気をかもし出しています。写真真ん中右のくねくねとした坂道は"Crookedest Street in the World"(世界一曲がりくねった道)として有名で、観光スポットになっています。
下の4つの写真は、サンフランシスコのジャパンタウンで取った写真です。

左上写真の五重塔は日米親善のために、1968年に日本からサンフランシスコに贈られたもので、広場の中心に据えられ、今でもシンボル的存在となっています。右下写真は、ジャパンタウン内、紀伊国屋書店に設置されたテレビジャパンモニターです。広場に向けて設置されているため、買い物の合間の休憩のひと時にテレビジャパンをお楽しみいただいています。
今回は出張での訪問となりましたが、次回は是非是非プライベートで訪れたいと思わせる魅力あふれる街でした。