2010年1月29日 (金)
去年の秋、この欄で、北海道で開かれる江差追分全国大会のことを書いたことがあります。それを読んでくれた北海道に住む友人が、歴代優勝者の演奏が収録されたCDを送ってくれました。本当に有難いことです。
深夜聞いていると、文字通り耳の底に北の波涛の音が蘇ってきます。
さすが日本一のいずれ劣らぬ名演ばかりですが、中でも素晴らしいのが第41回(2003年)優勝の寺島絵里佳さん、44回(2006年)優勝の絵美さん姉妹の追分です。堂々とした、まさに横綱相撲といった感じの歌声です。
ジャケットを見ると、お姉さんが歌う時は妹さんが、妹さんが舞台に立つ時はお姉さんがソイ掛けを務めています。きっと合の手を入れる方のほうが、ヨリ緊張したのではないでしょうか。
寺島家にはもうひとり妹さんがおられるようですが、その方にもきっと大きな期待が掛けられているでしょうからさぞ大変だろう、などと余計なことまで考えてしまいました。
2010年1月22日 (金)
12月から1月上旬はパーティーや集まりの多い季節でした。先日、いくつかの国から建築関係の方が出席されていた会でこんな話になりました。「それぞれの国でNational Emblemと呼べる建物は何か」という話題でした。
本来「国の象徴」とはもっと観念的なもののことでしょうが、あえて建築物でそれを探してみるとどんなものになるか、という知的な(?)遊戯でした。
アメリカやヨーロッパだったら、象徴的建造物を探すのはそんなに難しくないかもしれません。イギリスならセントポールとかビッグベン。フランスなら凱旋門かヴェルサイユ。アメリカなら自由の女神とかワシントン・モニュメントとか。
アジアでも中国なら紫禁城は動かないところでしょうし、カンボジアは間違いなく「カンボジアの誇り・アンコールワット」でしょう。
しかし我が日本はとなると、万人が納得する「これが日本だ」という建造物がなかなか見当たりません。桂離宮はどうかと言う人もいましたが、現実にほとんど誰も入ったことのない建物を「代表選手」に推すのはどうかという気もします。東京タワーはあまりに近代的でしょう。
皇居、大阪城などといくつも候補が上がったあと、「法隆寺かなあ」という意見が大勢を占めました。私は「東大寺南大門」。あの重厚でいて颯爽とした姿に強く惹かれるのですが、大方の支持を獲得するには至りませんでした。
「いっそ富士山はどうだ」と言う人までいて、漱石の『三四郎』の冒頭で広田先生が「日本が自慢できるものは」としてこの山のことを挙げたところを思い出して、おかしくなってしまいました。
2010年1月15日 (金)
まもなく阪神・淡路大震災から15 年。亡くなられた方々、被害にあわれた方々のご冥福とご平安を、あらためて心からお祈り申し上げます。
取材者として私も現場に入りましたが、そこで特に印象的だったのは、あのような状況においても平静を保ち、支えあう人々の暖かさでした。人間や社会の真価は苦しい時にこそ顕れるものなのでしょう。
昨年もちょっと書きましたが、よく思い出すのは、神戸の華僑の方から聞いた「患難知交」という言葉です。「苦しい時にこそ人間同士の本当の結びつきは生まれる」という意味でしょう。
北米にも関西ご出身の方、そこにご親戚・ご友人をお持ちの方が多いことと思います。テレビジャパン一同、あらためて心から哀悼の意を表します。
2010年1月 4日 (月)
去年の冬至前、ケンタッキー州のレキシントンを訪ねる機会がありました。レキシントンはケンタッキー州立大学のある緑豊かな静かな町で、人々も気さくで親切で、NYでささくれ立つこともある神経を癒してくれました。
近くにはトヨタの工場もあって、対日感情は非常に良いという印象を受けました。(このあたりには、テレビジャパンをご覧頂いている方もたくさんおられます。)
そこで感じたことはたくさんあるのですが、行ってみなければわからないと思ったのは、レキシントンとNYの暗くなる時刻の違いです。この季節、NYでは午後4時をすぎればもうすっかり暗くなってきますが、レキシントンでは5時をすぎ、6時近くになってもまだ明るさが残っている感じなのです。
ケンタッキー州とニューヨーク州は同じ東部時間のタイムゾーンに属していますが、「同じゾーンとは言っても、東よりのNYと西端に位置するケンタッキーとではこんなにも違うんだ」と、あらためてアメリカの広さを痛感しました。
調べてみるとNYの緯度は北緯40度43分。レキシントンは38度01分47秒です。この緯度の違いも暗くなる時刻の違いに関係があるのでしょうが、こうなるともう私の理解の範囲を超えています。
2009年12月24日 (木)
先日東海岸を襲った大雪には驚かされました。雪掻きなどで大変だった方も多いことと思います。
激しい雪をNYアッパーウェストのアパートの窓から眺めていて、ふと思い出した歌がありました。
「かりがねも既にわたらず あまの原限りも知らに雪ふりみだる」
斎藤茂吉晩年の一首です。
歌を暗誦しながら、この雪では鳥も飛べないだろうな、渡り鳥はもう皆南へ移動し終わっているのだろうかなどと考えていました。
その翌朝、外を見やると、何と雁の群れが次々に南下して行くのが見えました。驚くほど高い空を、アップステイトの方からマンハッタン島を斜めに横切るかたちで南東方向に向かっていきます。これまであんなに高い空を飛ぶ渡り鳥は見たことがありません。
近づくにしたがって高度を下げているようで、目的地はたぶんクイーンズのJFK空港近くの湿地あたりなのでしょう。渡り鳥には見る人に畏敬の念を起こさせる力がありますね。鳥に向かって、思わず手を振っていました。
彼等は12月も遅い時期、1日の遅れを取り戻そうと必死だったのか。去っていった「友人」のことを考え続けました。
2009年12月20日 (日)
来年1月17日までNYのホイットニー美術館で、ジョージア・オキーフ(1887~1986)の抽象画展が開かれています。
館の案内には、「オキーフというと、風景や花や動物の骨などの作品が有名で、抽象画のことはあまり知られていないだろう」と書かれていました。
しかし、彼女の画は具象であっても抽象性、観念性の高いものばかりですから、今回の展覧会でも「特に抽象画を見た」という印象はありませんでした。
作品はどれも迫力に満ちたもので、会場に掲げられていた「物の本質を伝えるのは言葉ではなく、かたちと色彩だ」という彼女の言葉が自ずと首肯されました。
本当に、自分の信じる道をひたすら歩み続けた人なのだな、ということを感じさせられます。
この「自分を信じる」というのは素晴らしいことで、特に芸術家にとっては絶対に欠かせない資質でしょう。
ただ日常の世界を眺めると、最近では、自己評価だけが高く、自分が認められないと、「自分を認めない周りが悪い」と攻撃的になる若い人も多く、「このあたり難しいところだ」などと現実的なこともつい考えてしまいました。
2009年12月 7日 (月)
ご覧になりにくい写真で恐縮です。
左側の白黒写真、なかなかいい感じでしょう。家の近くの路上で売っていたものです。
「あ、いつも走っているセントラルパークW93丁目あたりを撮った写真だ」と、即需めました。値段がお
手頃だった(何と一桁!)ということもありました。
ところが買った後、この写真のシューティング・ポイントがなかなか見つからないのです。「普段
よく走る貯水池の周りにある橋を引っ掛けて撮ったのだろう」と考えたのですが、1周してもこの写真を撮ったと思われる場所は見当たりません。画面を合成したのだろうか?まさか!
色々考えた結果、この2本の尖塔のある建物は、93丁目Wにあるものではなくて、72丁目Wにある、もうひとつの尖塔付きアパートだということに気が付きました。このふたつの建物、よく似ているんです。
という訳で、写真を手にセントラルパークの中をさまよった挙句、ようやくシューティング・ポイントを発見しました。そこで撮った証拠写真が右のカラーのです。
第3者から見ればつまらない話でしょうが、私にとっては嬉しい発見=確認でした。
2009年12月 5日 (土)
もう12月。時間の経過の早さに驚くばかりです。11月あたりまでは、わりとよくジョギングなどの大会に参加していたのですが、12月の声を聞くと、申し込むのがためらわれます。
大勢で一緒に走るのは気持ちがいいし、参加賞のTシャツが増えるのも嬉しいのですが、走り終わった後、急速に身体が冷えていくことを想像すると、二の足を踏んでしまいます。
冬場は走り終わった後、体内から熱が出なくなって急激に体温が落ちてきます。バテて気力が落ちていることも加わって、それこそ歯がガチガチ鳴るような状態になります。山で迷った時も、歩き続けている限りは大丈夫だが、休んだ途端一気に弱るというようなものです。
去年の冬、ある大会のHPに、「ゴールでは温かいスープが待っている!」という文句があって、それに惹かれて出場を申し込んだのですが、当日ゴールにはスープなど影もかたちもありませんでした。
「スープ、スープ」と念じながら走った身としては、「ぐれてやる~」といった心境でした。
去年12月末の大会はNYセントラルパークが会場でしたが、当日の公園には前日の雪が積もり、帰途、公園内で遭難するんじゃないかと思ったくらいです。あの日は本当に寒かったなあ。給水ポイントの水も凍り、かろうじて液体のままの状態のスポーツドリンクを選んで飲んだものです。
今年のNYは今までのところ暖かめですが、これからはどうなるか。この先の予報を見ながら思案しているところです。
2009年11月27日 (金)
日本からアメリカにやって来て、「アメリカ人は意外にタバコを吸うんだ」という感想を持つ人が結構多いようです。ビルの前にたむろして吸いまくる人間に日々悩まされている私も、同じように感じる時があります。
タバコを吸う人の割合について、先日興味深い記事を見かけました。CDC(全米疾病予防センター)の調査によれば、全米の全成人の中に喫煙者が占める割合は2008年で20.6%と、04年時点の20.9%とほとんど変わっていないというのです。アメリカ全体では5人にひとりがスモーカーという数字は、日本にいて感じるアメリカ社会のイメージとは、かなりの違いがあるのではないでしょうか。
CDCのHPには、他にも面白い数字がありました。最も喫煙率が高い州はウェスト・バージニアの26.6%。最低はユタの9.2%となっています。ユタの低さは明らかにモルモン教の影響でしょう。ウェスト・バージニアが高いのは、近くに大きなタバコ産業があるからでしょうか。
NY州はタバコに非常に高い税金が掛かることなどから、喫煙率16.8%とこれまでの同州の喫煙率の最低を記録しましたが、この数字はこの先なおも下降していくのか、興味深いところです。
2009年11月22日 (日)
NYの街には本当にニューススタンドが多くあります。あれだけの数があれば、過当競争になっているのではないかと、他人事ながら心配になります。
私のアパートのすぐ下にもスタンドがあって、便利ですので出入りの際よく立ち寄るのですが、そこは週末だけはフランスの新聞を置いています。昔勉強した言葉を
忘れないようにしようと、時々求めるのですが、何度か店の人から「それは日本の新聞か」と聞かれました。
比較的日本人が多く入っているアパートですから、私を日本人だと思ったのでしょうが、思いもかけなかった質問だったので、ちょっと驚きました。日本語にはどんな文字が使われているのかなど、全く知らないようです。普通のアメリカ人の日本についての知識などそういったものでしょう。
その店が扱うフランスの新聞ですが、1週間の記事をまとめた週間版ではなく、普通の日刊のです。という訳で、ニュースの流れがよく分からないまま記事を読まなければならず、ただでさえない語学力が一段と落ちているようで、いつもがっかりします。