2009年9月 1日 (火)
日本にいた頃、8月が終わるこの時期になると、「夏山の季節もおしまいだな」という思いを感じたものです。どの季節の山が特に好きということはないのですが、夏山の、あの「太陽と格闘する」感じには強く惹かれます。
今年、日本の山では多くの痛ましい事故が発生しました。遭難事故が起きると、メディアにはよく「引き返す勇気が欠けていた」といったコメントが掲載されます。それはそのとおりなのですが、山の好きな方なら同感いただけるでしょうが、分かっていてそのことが出来ないのです。道に迷った時など、引き返せばいいのに、「今まで自分が払った労力と時間を無駄にしたくない」という気持に克つことができず、つい前へ進んでしまうのです。特に単独行の時はそうでした。
あらためて亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
2009年9月 1日 (火)
NYでは大分日が短くなってきました。緯度の高い地域の夏のピークは夏至なのかもしれないとは、毎年感じることですが、気温的にまだまだ高い時期にどんどん日没が早くなっていくというのは、私にとっていまひとつ妙な感覚です。
東京だと夏至の頃の日の入りは19時01分くらい。冬至の頃は16時28分くらいですから、日没時刻は半年かけてそれだけ変化していくことになります。日本だと1日の変化は1分以下ですから、この時期も日の入りが早くなっていることにあまり気が付かないのでしょう。
一方NYは1日あたりの変化がもっと大きいですから、変化に気がつきやすいのかもしれません。
2009年8月18日 (火)
先週スーパーでビールを買う時のことを書きましたが、レジで支払いをする際、長い間不思議だったことがあります。たまに年齢を訊かれるのです。
なんで年などを質問するのだろうと、いぶかしく思っていたのですが、ある時その理由が判明しました。麦酒を買う時だけ年を聞かれていたのです。
童顔でもない私は、どう見たって飲酒が認められる21歳以上にしか見えないでしょう。そう思うと、おかしいと言うか不思議というか、実に妙な気分になりました。若く見られるのがお好きな女性の方は、アルコールを抱えてスーパーのレジに行かれてはいかがでしょうか。
2009年8月11日 (火)
自分では大して酒飲みではないと思っていますが、夜の食事の時にはビールを飲んだりします。「飲まないとメシが5分で終わってしまうから」と自分では言っています。
というわけで冷蔵庫にはビールを欠かさないのですが、スーパーでよくやる失敗が、間違ってノンアルコール・ビールを買ってしまうことです。普通の麦酒もノンアルコールのも箱のデザインは全く同じで、違いは小さく「ノンアルコール」と書いてあるかどうかだけというブランドが多いようです。(写真はドイツからの輸入ビールですが。)
消費者保護の方針が徹底しているアメリカで、これだけ似たデザインで異なった内容の商品を販売しているとういうのは、ちょっと不思議な気がします。「間違ってアルコール分の入った飲料を買うことになるのだったら問題だが、誤ってノンアルコールのを買うことになるのだったら結構じゃないか」ということなのでしょうか。
2009年8月 4日 (火)
先日の北海道のトムラウシ山(写真)、美瑛岳での遭難事故は、かつて私も登ったことのある山で起きたものだっただけに、特に大きなショックでした。
事故の後、日本にいる山の先輩から届いたメールには次のように書かれていました。
「下界にあっては、"美しきもの"や"穢れなきもの"に出会えることが滅多になくなり、人々はますます山を目指すのかもしれません。秀峰の聖なる姿に、どれほど人々は癒されていることでしょう。中高年登山にいそしむ人々の心の中に、"聖なるものへの憧れ"というか、"飢える心"のようなものがあるように私は感じています」
今回の事故について批判はあるかもしれませんが、そうした人々が巻き込まれた事故だけに強く傷ましさを感じます。心からご冥福をお祈りいたします。
2009年7月28日 (火)
ヨーロッパでも同じことだろうが、アメリカの政治の動きや政治家の発言を聞いていると、日本に比べて、非常に理屈っぽいという感じがする。
これは当たり前のことなのであって、「政治とは言葉によって人を動かすものだ」という考えが、政治家にも国民の間にも、常識以前のものとして定着しているからだろう。そして、言葉を通しての議論の中で最も重視されるのは、causeというものだろう。理念、考え方というもの。
それに比べると、日本の政治は何よりも「状況優先」という感じがする。理念をぶつけ合うより前に、全員が状況への折衷に邁進していく感じがする。
現在アメリカの政治の最大のテーマは、「国民すべてを対象にした医療保険制度を導入するか。するとしたらどのようなものにするか」という問題だろう。
この問題は実に複雑だから、毎日のテレビや新聞を見ていても完全に理解することは難しい。ましてや外国人にとっては不可能なことなのだろう。
ただ私が興味深く感じたのは、政治家たちが特に議論の当初、「連邦政府の役割とは何か」といった点について積極的に発言していた点だ。連邦政府と州政府の役割の分担、政府と民間の役割をどう考えていくかという問題は、建国以来、アメリカ政治の最大のテーマだが、そうしたポイントが今回の経済危機の中で、再び脚光を浴びていることが面白かった。
主に共和党の議員の、「国が経済の問題に介入することは、国民が多様な選択肢を手にするための妨げになる」という発言が聞くと、アメリカ政治史の教科書で読んだ19世紀の議論が、21世紀の今に再出しているような気がする。
隣の芝生は青く見えるものだろうが、こうしたideeのぶつかり合いを、日本の政治においてもっと見たいと思う。
2009年7月17日 (金)
最近、テレビジャパンの番組と番組の合間に登場するこのキャラクター、お気づきでしょうか。
これまでもテレビジャパンの作成するパンフレットなどに顔を出していましたが、名前は「オキドキ君」。okey-dokey(OK)というところから来ています。
これからいろいろなところに出現しますので、どうぞよろしくお願いします。
2009年7月14日 (火)
今日本では、高校野球の予選が真っ盛りですね。日本でいちばん人気のあるスポーツのひとつが、ハイスクール・ボーイズの全国野球大会だと言うと、アメリカ人の多くは信じられないといった顔をします。
日本にいる時、アメリカ人から、「バッターは打席に入る時、よく帽子を取って挨拶するが、あれはどうしてなのか。まさか自分に都合良い判定をしてもらおうという訳ではないだろうが」と聞かれたことがあります。
試合開始の時、全員で挨拶しているんだから、打席ごとにいちいち礼なんてしなくていいじゃないかと思う私ですが、その質問には次のように答えた記憶があります。(同じことをどなたかの文でも拝見したことがあります。)
「その場に自分がいられることへの感謝。そしてこの場と時間が、自分にとっても相手チームにとっても審判や観客にとっても、豊かなものになるようにと願って挨拶しているのだろう」
そのアメリカ人は、まるで宗教みたいだなと笑っていましたが、高校野球にはたしかにそういった面もあるかもしれません。