2009年7月 7日 (火)
皆様、独立記念日の3連休は如何だったでしょうか。私は公園の中をジョギングしたりして過ごしました。ただ最近は膝に痛みがあり、サポーターを巻いて走っています。
先日テキサスの視聴者の方とメールをやりとりする中で、ジョギングや膝の話になりました。その方はフルマラソンを走る、いわば走りの専門家です。
いただいたアドバイスは、「膝対策には太腿の筋肉を強化する必要がある。そのためには椅子に座って足を前方に伸ばし、つま先にペットボトルなどを入れた買物袋をぶら下げ、足を上下に動かすのがよい」とのこと。おかげさまで大分よくなってきました。皆様も痛みがあった時は、お試しになってみては如何でしょう。
お見苦しい映像、大変失礼しました。
2009年7月 6日 (月)
昼は職場の管理、夜は冷蔵庫の管理が自分の仕事だ。
冷蔵庫という「職場」をどうマネージしていくか、限られた「戦力」とスペースを最大限活用していくにはどうしたらいいかという問題は、昼間の組織のあり方にも通じるところがある。
まず、職場も冷蔵庫もそこにある「戦力」を最大限活用することを考えなければならない。駒数やパワーが足りないからといって、安易に外部から「新人」を引っ張ってきてばかりいては、現在そこにいる者はくさってしまう。野球の巨人のようなものだ。
また基本的にはseniority systemを採るにしても、時には大胆な抜擢人事も行わなければならない。
で、現有戦力に最大限力を発揮してもらおうとするのだが、どうも自己主張に欠ける輩がいる。ベーコン君やジャガイモ君は誰とでもうまくあわせてくれて有難い存在だが、いまいち自己主張が弱い。
「ベーコン君!君は誰とでもうまくやってくれて感謝している。でもそろそろ、『自分はこれをしたい。これは自分にしか出来ない』というアピールをもっとしてもいい時期じゃないかな。ジャガイモ君!君も他人事みたいに聞いてじゃ駄目だ」などと言ったりする。
だがベーコン君やジャガイモ君からは、「便利に使っておいて、『僕には個性がない』って評価なんですか」などと逆襲されて、オロオロしてしまうこともある。
トーフ君に声を掛けると、「また僕ですかあ」という答が帰ってきたりする。彼には「仕事はいちばん忙しい人に頼めっていうじゃないか。頼まれているうちが花だよ。第一、納豆君を見てみなさい。毎日登板してたって、いつも楽しそうじゃないか」などと言って聞かせる。
職場でもよくあることだが(テレビジャパンではありません!)、積極的に自己主張をしない存在に限って、自分に声がかからないとふくれてしまいがちだ。そんなことが起きないよう気を配る。
ほうれんそう君は力があるくせに、本番になると萎縮してしまうところがある。彼にはいつも「自信を持てよ」と言って励ましている。
お米は炊いても一回で食べきれないことが多く、炊いたばかりのご飯をすぐに冷凍保存してしまうこともある。そんな時、白米君からは「あなたは僕のいちばんいいところを見ているんですか」などというクレームも出るが、「君のいちばん良いところは僕が全部知っているよ。ただ今日のところは勘弁してくれ」などと言ってから、冷凍庫に異動してもらう。
ホント、大の男がブツブツ言いながら何をやっているんだろう、端から見ればさぞおかしな光景だろうなと思いながら、夜の部の管理職業務に精励している。
2009年6月22日 (月)
今年の夏至は6月21日でした。この季節毎年感じるのは、「緯度の高い地域の夏のピークは今頃なのではないか」ということです。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』も夏至の夜のお話でした。
ヨーロッパには、夏至の頃妖精の力が強まり、彼等の祝祭が催されるという言い伝えがあるのだそうです。
この季節、午後8時過ぎにオフィスを出ても十分に明るく、何かいつもと違う街に歩み出たような気がすることがあります。
テレビジャパンのオフィスはNYウォール街の入口にあるのですが、ふだんは地味な印象のトリニティー教会の茶褐色の尖塔も、いつまでも光の残る空を背景に、何か華やいで見えます。
2009年6月15日 (月)
以前、2代目玉川勝太郎さんの浪曲のことを書いたが、勝太郎さんとならんでよく聴き見るのが、夢路いとしさん喜味こいしさんのDVDだ。
煩わしいことがあった日など(つまり、それはほとんど毎日ということだが)、深夜、自宅のパソコンでお二人の漫才を見ては、気持を立て直している。
いとこい漫才の魅力は、いまさらここに書くまでもないだろう。人を傷つけたり客を「いじったり」して笑いを取るようなところが一切ない、まことに上品でオーソドックスな芸だ。会話が常に「キミ、ボク」という呼びかけで進行するのも耳に快い。
ふたりのやりとりを聴いていると、私は大げさでなく、自分の中に人間への信頼がよみがえってくるような気がするのだ。この世の中、厭な奴も不愉快なことも多いけれど、同様に気持の良い人間も楽しいこともきっとたくさんあるに違いない、という気分になってくる。
私はすぐに「芸術は人だ」などと言い出すような批評家には全面的には与さないが、おふたりの漫才に接し続けるうち、「たしかにそうした要素は否定できないだろう」と感じるようになった。芸といい演技といい、そこには「意識の産物」としての演技を超えた、「ヒューマン・ドキュメント」といった要素が、間違いなく存在しているのだろう。
いとしさんが亡くなってしばらくして、いとこい漫才の台本傑作選と関係者の回想記が、岩波書店から一冊の本になって出版された。これを読んで、「芸は人なり」という思いはさらに強まった。
女優の森光子氏は、若い頃、大阪の放送局でおふたりと一緒に、当時生のラジオ番組に出演することが多かった。その頃のラジオ放送はどんなに出演者が多くても、たったマイク1本で行われていたそうだが、いとこいのご両人は自分の出番が終わるとスッと身を引いて、森さんをマイクの前に押し出してくれたのだという。
元タレントの上岡龍太郎氏は、一緒に巡業した時の思い出を書いている。氏は、初めて2人から声を掛けられた時、あまりに丁寧に呼ばれたので、自分の後ろに誰かいるのかと思って、思わず後ろを振り返ってしまったのだそうだ。
電車の中でこの本を読んでいて、思わず笑い声を上げてしまったり、目頭が熱くなったりしたことも懐かしい思い出である。
いとしこいし師匠、これからもよろしゅおたのもうします。
2009年6月15日 (月)

この季節、北米の至るところでジョギングやマラソンの大会が開かれています。私も時々参加するのですが、記念のTシャツの数が増えていくのを見るのは楽しいものです。温泉の手ぬぐいのコレクションをしている人もこんな感じでしょうか。
こうした大会の主催者には医学関係の財団や団体が多く、出場料の一部は医学関係の研究にあてられます。私がこれまで出場したものだけも、腎臓病、心臓病、前立腺がん予防キャンペーンの大会などがありました。
こうした、「寄付をするにしてもそれを求めるにせよ、楽しみながらしようじゃないか」というところが、如何にもアメリカ的ですね。そして寄付をした私の方も、「これだけ色々な分野の研究に協賛しておけば、将来どんな病気にかかっても大丈夫だな」などと変な自信(?)を持ったりしてしまいます。
2009年6月 8日 (月)

NYの町の文化的な魅力のひとつは、大きな美術館や博物館だけでなく、「専門店」といった個性的な文化施設が無数にあることでしょう。この町では、個人の好みやその時の気分に応じて、好きな空間に身を置くことができます。
専門店と言うには大きすぎますが、マンハッタンにユダヤ博物館という施設があります。ここで今、reclaimedと銘打った美術展が開かれています。
そこに展示されている絵は、元々戦前アムステルダムで手広く商業を営んでいたユダヤ人が収集したものですが、それらは戦争中ドイツに接収され、ドイツに移されました。戦後、作品はオランダ政府に返還され、さらに長い交渉の結果、ようやく政府の手を離れ、元の所有者の手に戻ったものです。
文字通り数奇な運命をたどった絵画の数々ですが、ロイスダールの風景画は、そんな経緯を忘れさせる静謐さで展示室を支配しています。
2009年6月 1日 (月)
若い世代の活字離れやフリーペーパーの普及などによって、アメリカの新聞はどこも苦しい経営を強いられています。活字の新聞の発行をやめて、インターネット版だけにした新聞社も現われたという話をよく聞きます。
NYタイムズは6月1日から、平日の値段をこれまでの1.5$から2$に改定しました。2年近く前、1.25$から1.5$になった時も大幅なアップだと感じましたが、今回はそれ以上に一気の引き上げです。また、日曜版も4$から5$になります。
あの分厚い日曜版はとても全部は読めませんから、これまでも買う時はいつも迷っていました。家の近くの駅のホームの売店には、月曜の朝になると日曜版を半値の2$で売るところがあって、週明けにそこを利用する時もあります。この中古(?)の日曜版も、新聞の値上げにあわせて上がるのか、気になります。
※ 左上 2$ 下1.5$
2009年5月27日 (水)
この季節、日本では梅雨直前ですね。梅雨時の通勤電車のことを思い出すと、本当にゾッとします。昔東京でアメリカ人ビジネスマンから「日本のオフィスの生産性が低いのは、通勤でエネルギーを使い果たしてしまうからではないか」と言われたことがありますが、あたっているかもしれません。
NYの地下鉄は一定以上混んできたら、もうそれ以上乗り込みませんから、日本みたいなことにはなりませんが、車内でもバックパックをしょったままの人が多いのは、日本以上でしょう。自分のsphereを守ることに厳格なアメリカ人が、リュックに関してはそうでもないのは、単純に後ろには目が付いていないからということでしょうか。
車内でもザックを下ろさない人は自分が押される立場になった時、どんなふうに感じるものなのか、ちょっと興味があります。きっとそういう人に限って、キレルんじゃないかなあ。
東京の私鉄で、「そのバッグ、押しあり突きありパンチあり」というコピーとお相撲さんの絵が組み合わさった秀逸なポスターを見たことがあります。NYでもあれを貼ってもらいたいくらいです。