河村★語録

2009年5月13日 (水)

ランドリー.JPG バブル華やかなりし頃、ジャパンマネーが怒涛のごとくアメリカに押し寄せていた時のことである。米国内で生産拠点を立ち上げようという日系メーカーのために、立地情報を収集・提供したり、操業開始までの様々なアドバイス・支援業務を行ったりするアメリカのコンサルタント会社も、大いに繁盛していた。シカゴにあるそんなコンサル企業を、番組の取材で訪ねたことがある。

 

 そのコンサルタント会社の顧客は、ありとあらゆる業種の製造業。中西部を中心に数多くの生産拠点の建設に関わった実績を持ち、廊下には、自分たちが手がけた日本企業の工場の写真が所狭しと飾られていた。

 

 では、一体どういうふうにして工場の場所を決めていくのか、そのノウハウが興味深かった。州政府や自治体は税金などの面でどんな優遇策を打ち出しているのか、自治体ごとの詳細な比較。製造業の死命を制する電力や水の供給に不安はないかといったチェック。周辺の輸送網の確認。地元住民の対日感情や教育水準はどうかという問題・・・。それらの点を詳細に調査し、日本に情報を送っていた。その会社は日本企業の名前を伏せて、候補地を自分の名義で「借り押さえ」することもあるのだという。

 話の中で特に興味深かったのは、「いくつかに絞られた候補地のうち、最終的にどこを選ぶかという際にものを言うのは、住民の民度だ」という話だった。

 

 日本のメーカーはどこも非常に厳しい品質管理を行うが、それに応えていけるだけの労働力が地元で確実に確保できるかが、順調に操業を続けていけるかどうかの最大の鍵なのだという。それだけならまあ当たり前のことだが、コンサルタント会社の話では、最も重要な判断基準は教育水準とかいうことよりも民度なのだという。

 

 では、どこでその民度を計るかというと、これが意外だった。スーパーの駐車場で、買物客が車に買った品物を積んだ後、空になったカートをちゃんと所定のカートリターンの場所に戻しているかどうかを、まず見るのだという。駐車場のあちこちに空っぽのカートが乱雑に置かれているような土地は、特に精密機械の工場立地には向かない可能性が高いのだという。

 へーっと思ったが、考えて見れば成程という気もする。

 

 写真は私のアパートの洗濯場だが、洗濯物のカートはいつも乱雑に置かれている。週末など、洗濯物を取りにいくのが遅れると、洗濯物が洗濯機やドライヤーの中から引っ張り出されていることもある。これは遅く行く方が悪いのだが・・・。

 洗濯場のカートの様子を見ながら、ミシガン湖に面したコンサル会社で聞いた話をよく思い出す。

2009年5月 1日 (金)

ドラーノ.JPG ドラーノ裏.JPG いきなりですが、皆さんのお宅の水回りは大丈夫でしょうか。

 

 私の住んでいるアパートの部屋は、お風呂や洗面所の排水がよくなく、頻繁に詰まります。

 

 最初はいちいち管理のエンジニアに来てもらったりしていたのですが、本当に来てくれるかどうか分からない人を、ずっと待たなければならないことにうんざりしていました。そんな時、知り合いから管詰まり用の液体があると聞き、以後それを愛用(?)しています。

 写真はその液体薬品です。皆様のご家庭でもお使いのところが多いと思います。

 

 この液体を管に注いだ後、15-30分程度そのままにしておいて、その後お湯を流すと、水の流れが良くなっています。使い始めた最初は、それこそ魔法の薬を見るようで感激したものですが、何事もそうでしょうが、何べんもやっているうちに、だんだん効果が薄れてきたような気がします。で、使う時、「頑張ってくれよ」と声を掛けながら、液体を注ぎ込んでいきます。

 

 ところで、この液体薬品を使う時、いつも迷ってしまうことがあります。裏に書いてある使用上の注意には、「この容器の4分の1を管の入口に注ぐ。しつこい詰まりの場合は2分の1を」とあるのですが、容器の表面のどこを見ても、ここまで注げばhalf だとかquarterだとかいった表示は見当たりません。そもそも透明ではないのですから、中味は見当がつきません。

 

 その点を知り合いに確かめたら、「そんなの重さで適当に判断するんですよ」と笑い飛ばされてしまいました。ナルホド。ただ、「日本だったらこういう表示はないだろうな」などと、妙なところでひとりでおかしがってしまいました。

 

2009年4月27日 (月)

psp401metro.jpg

 NYの地下鉄に乗っていて「日本とは違うな」と感じる点のひとつが、ガラガラに空いている時の乗客の席の占め方です。

 

 横一列の座席の場合、東京なら、乗客は間違いなく座席のいちばん端から座っていきます。日本人がいちばん端っこに座りたがるのは、たぶん自分の横のスペースが中途半端に空いた時、妙に気を使わなくてすむからということなのでしょう。

 

 一方アメリカはと言えば、乗ってきた人は横に長い座席の真ん中にドンと座ります。もちろん端に席を取る人もいますが、そういう人はどうも少数派のようです。

 

 また、混んできた電車で荷物を自分の横に置いている人も少なくありませんが、そういう人も立っている乗客から「座らせてくれ」と言われたら、ごく素直にスペースをあけます。

 

 電車の席の取り方にも、「察することをどこまで美徳と考えるか」という問題が反映しているのかもしれません。ただ不思議なのは、あれだけ察することに長けた日本人が、お年寄りやおなかの大きな女性が来ると、あっという間にタヌキに変身してしまうことです。あれは一体どうしてなのでしょう?

2009年4月20日 (月)

New Image amNY.JPG 

 毎朝、通勤の途中、フリーペーパーをピックアップしてから地下鉄に乗り込むのが日課です。この無料の新聞が、この半年程の間に驚くほど薄くなりました。主に広告のスペースが激減した影響ででしょう。

 

 その新聞はひとつひとつの記事が短く用語も平易なので、愛読しています。この新聞に目を通してからローカルTVのニュースを見ると、言っていることがよく分かりますし、地域のニュースを見てからこの新聞を読み直すと内容が深く理解できることから、私にとってはテキストのような新聞です。不況に負けないで頑張ってほしいと願っています。

 

 フリーペーパー以外にもNYタイムズなどにも目を通しているのですが、こちらはいつまでたっても難しいですね。特に一面の記事の第一段落は凝りに凝っている感じで、ふたつめの段落以下を読んでから最初のパラグラフと見出しに立ち返り、「ああこういうことを言っていたのか」と思うことがしばしばです。ひとつひとつの記事もやたら長いですし、「さあ読むぞ」と思って取り掛からないと、なかなか最後までたどり着けません。

 

 「アメリカの新聞もフランスの新聞のように、情報というよりエッセイに近くなってきたのだろうか」などと思うこともあります。出張した時、地域の小さな新聞に触れて、5W1Hのはっきりした文体や構成にホッとする時もあります。

 以上、勉強不足の言訳でした。

 

2009年4月15日 (水)

apoi[1].jpg 北米各地の桜はもう峠を越したでしょうか。まだまだこれから、というところも多いでしょうか。

 

 私の中で最も強く記憶に残っている桜は、北海道日高の最南端にあるアポイ岳の山中で見掛けた山桜です。

 北海道にいる時、毎年4月の末か5月になると、足慣らしのつもりでアポイに足を運びました。苫小牧から延々各駅停車で終点の様似まで行くのですが、その長い時間も、山の季節が近づいてくるようで楽しかったものです。

 

 雪というのはなかなか溶けないもので、北海道の山は5月の連休頃になっても深い雪に覆われていますが、アポイは比較的雪が少ないところでした。

 アポイは標高1,000メートルに満たない山ですが、花の種類が多いことで有名です。もうひとつ、私が日高の山を好きなのは稜線がはっきりしていることです。私は、エッジのすっきりした稜線を眺めるのが好きなのです。

 

 ある年頂上に立った後、今年は下りるコースを変えようと、襟裳岬に近い幌満という地区に至るコースを取ったことがあります。北海道の山はどこも人が少ないですから、何時間か歩いても全く人に出会いません。心細くなりかけた時、足元に小さな花びらが一枚落ちているのに気づきました。あれっと思って見上げたら、そこは可憐な山桜の花が満開でした。

 

 思わず、「そうか、自分のためだけに咲いていてくれたんだ」という気分になって、嬉しくなりました。不安も吹き飛んで元気が出ました。やや日の傾きかけてきた中、花の下で小休止しながら、「行き暮れて木(こ)の下影を宿とせば 花や今宵のあるじならまし」などという古歌を思い出しました。

 あの桜はほとんど誰にも見られないまま、今年も見事な花をつけていることでしょう。

2009年4月13日 (月)

s-S14M000490-DSC_0303.jpg

 

 アメリカ・カナダ、地域によっては桜が散りかけたか、終わってしまったところもあるでしょう。皆さんのお住まいのあたりでは如何ですか?

 

 日本で以前日本でアメリカ人を都心の公園の花見に連れて行ったことがありますが、彼はやたらお花見という行事に感激していました。

 

「普段規律正しい日本人でも、おおっぴらに羽目をはずすことがあることがわかって嬉しくなった」と言うのです。放歌高吟どころか狼藉沙汰まで起きかねない日本の花見ですが、外国人から見るとこんな見方もあるのか、と驚きました。

 

 ピューリタンの伝統なのでしょう、公園などでの飲酒に厳しい目が向けられるアメリカ人から見ると、日本の花見はともかく大きな驚きの対象ではあるようです。

 

2009年3月31日 (火)

240px-Procyon_lotor_7_-_am_Wasser[1].jpg NYはだいぶ暖かくなってきました。皆様のお住まいの所はいかがでしょうか。

 

 セントラルパークでは動物の動きが活発になってきたようで、アライグマの姿を目にするようになりました。

 

 先日は、公園横の側溝から顔を出しているのを見掛けました。アライグマは雑食性だそうですから、溝の中にある食べ物や小動物を貪欲に食べて、生き延びているのでしょう。あれは元々野生のアライグマなのだと思います。

 

 日本ではアニメの『アライグマ ラスカル』の放送をきっかけに飼う人が多かった動物ですが、気性が荒く、持て余して捨ててしまった人が少なくありません。

 

 BBCやNHKでは自然番組の制作にあたって、動物の「擬人化」ということを戒めていますが、そういうことの大事さをあらためて感じさせられます。

  

 捨てられたアライグマは、日本各地で急速に野生化してしまいました。特に三浦半島には生息数が多く、家の中にまで上がり込まれ、冷蔵庫を開けて中の物を食べられてしまった、という実話もあります。

 

 そんな話を聞くと、アライグマには罪はなくても、何か恐ろしい気がして、見掛けても視線を合わさず、そそくさとその場を立ち去ることにしています。

2009年3月17日 (火)

玉川勝太郎.JPG 浪曲一般には興味がないが、二代目玉川勝太郎だけは好きで、昔から繰り返し聴いている。浪曲はしばしば説明的でくどいが、勝太郎の浪曲と語りは上品でスピード感に富み、本当に洗練されていると思う。

 

 特に優れていると感じるのは、人物描写の的確さだ。天保の時代、下総の笹川繁蔵と飯岡助五郎の抗争を描いた『天保水滸伝』のことは多くの方がご存じだろうが、ここには魅力あふれるバイプレイヤーたちが大勢登場する。中でも好きなのは、敵役助五郎の一乾分(いちこぶん)、洲崎政吉(すのさきのまさきち)だ。

 政吉は親分助五郎を常に立てながら、自ら仕切るところは果敢に仕切っていく。「付けなくちゃならねえ始末は、及ばずながらこの政吉がつけます」と言いながら、親分に意見をするあたりなど、何遍聴いてもジーンとする。組織で生きる中でいちばん難しいのは、「どこまで自分で決め、何を上へ上げるか」ということだが、その点政吉は実に見事だ。

 

 おっと脱線した。血で血を洗う仲の笹川から花会(各地の親分が集まる場)の案内状を、飯岡一家は受け取るのだが、親分助五郎はそこに足を運ばないどころか、祝いの金すら出そうとしない。親分の名代として政吉は、笹川への道を不安な気持ちを胸にたどるのだった。政吉はどう乗り切っていくのか。中間管理職必聴の名盤だ!

 

 話のスジにちょっとだけ触れると、笹川の花会には諸国の親分が綺羅星のごとく集まっていた。さほど遠くはない飯岡にいながらやって来なかった助五郎のことを、国定忠治は満座の中で罵倒する。その時、助け船を出してくれたのが、忠治と同郷、上州の大親分・大前田英五郎だった。「親に罪はあっても子に罪はねえよ。な、いい若いもんだ。声だけかけてやってくれ」と、傍らから忠治と政吉の間をとりなす場面にはいつも胸が熱くなる。

 この他、仙台魚町・丸屋の忠吉など、いいんだなあ。

 

 『天保水滸伝』で特に好きなのは、曲師の玉川菊江さんの三味線と合の手だ。控えめでありながら前に出るべきところは出て、勝太郎の語りと絶妙のコラボを形成している。民謡のソエ掛けもそうだが、こうしたもので作品は全くちがったものになってしまう。浪曲の合の手にはくどいものが多いが、菊江さんのは絶品だ。 

  大分前のことになるが、一度『水滸伝』の舞台を見ておきたいと、九十九里海岸の飯岡町や利根川沿いの笹川町を訪ねたことがあった。(その後の町村合併で名前はもう変わってしまったが。)

 飯岡から笹川への道を車で走りながら、「ここをたどって洲崎の政吉は笹川に向かったのか」などと感慨にふけった。浪曲には「夏目、清滝いつしか越えて」とあるが、実際には清滝、夏目の順だななどという、私にとっては大きな発見もあった。  

 また、房総半島の大きさを実感できたことも収穫で、江戸時代、これだけの広い土地を旗本などの小領主が分割していたのだから、侠客などが羽を伸ばせたのだろうななどということも感じた。

 その時の旅は家族も一緒だったのだが、感激しているのは当然自分ひとりで、家族はカーステレオから流れる勝太郎の名調子を、「全部覚えているんだからもう聞かなくてもいいでしょ。早く消して」と言う始末だった。

 以上、つまらぬ私的な感想でした。

 ちなみに、二代目玉川勝太郎の入手出来るCDは本当に限られています。もう少し聴けたらなあ、というのが叶わぬ願いです。

2009年3月16日 (月)

DC20[1].jpg 放送局と契約を結ぶ必要に迫られた時や、各種法律的なアドバイスをもらう必要がある時など、ワシントンDCにいる顧問弁護士のところに足を運ぶ。彼がNYに来る時もあるから、結構な頻度で顔をあわせていることになる。

 

 彼とは公私とも親しくさせてもらっているのだが、ひとつだけ気になるのは、ビジネスの場の会話になると、彼が私の話に対して、あいづちを打ったりうなずいたりすることがほとんどないということだ。日本人の場合、相手の言い分に賛成だろうが反対だろうが、ほとんどそれに関係なく、過剰なくらいうなずいたり、あいづちを打ったりする人が多いものだが、彼は、私がしゃべっている間、特別の反応を表に出すことなく、じっと目を見つめながら話を聞いている。そうされると私としては、日本的な会話の反応に慣れてきたせいか、しゃべりにくい感じがするのだ。

 すべての弁護士が彼のようかどうかは分からないが、彼の気持ちの中に、「うなずくことで、自分が相手の考えに賛成しているかのような印象は与えたくない」という考えがあることは間違いないだろう。

 

 以前、別の弁護士と何かの交渉事に一緒に臨んだ際、「今日はあんまりnodしてはだめですよ」と言われたこともあった。ワシントンの彼も、私的にメシを食べたりする時になると、うなずいたりあいづちを打ったりするところを見ると、あの「うなずきレス」はon dutyの時のテクニックなのだろう。

 

 余談になるが、私にとって弁護士との会話は、話している内容は難しいが、ヒアリングはむしろ楽だ。何について話しているのか、どういったことが選択肢として提示されそうか、見当がつきやすいからだろう。

2009年3月10日 (火)

スープとサンドイッチ.JPG テレビジャパンはウォール街のすぐ近くにありますが、このあたりはお昼の食事を簡単に取れるところが、案外ありません。という訳で毎日の昼食は、スープ+サンドイッチ屋さん→社のすぐ前の屋台のホットドッグ→食品スーパーみたいなところのうどん・・・といったローテーションになります。中でもスープは、ほぼ中2日の間隔で確実に登板してきます。

 

 と言っても、おひるは定時にはまず食べられません。毎朝パソコンを開くと、日本やヨーロッパからのメールが山のように来ていて、それを何とかさばくと、午後1時2時になってしまいます。

 

 そもそも「これを片付けてから気持ちよくメシにしよう」というのは、日本的な感覚なんでしょうね。以前中国で仕事した時のことですが、彼等は12時前になるとそわそわしてきて、とても仕事にならなかった経験があります。良い悪いでなく、これは国民性でしょう。

 

 で、14時頃までメールを打ちまくったり電話を掛けたりしていると、今度は「どーせだ、15時まで行こう!」という気になってきます。何で15時か、ですって?実はそのスープ+サンドイッチ屋さん、午後3時を過ぎると、サンドイッチが半額になるんです。そこで空腹をこらえて、3時まで仕事を続けるという訳です。

 

 でもここにも盲点があって、その時間になると、一個売りのサンドはもうなくなっていて、私にはちょっと多すぎる2個セットのものしか残ってないことが多いのです。当然2個の方がお値段は高いですから、半額と言ってもオトクにはなりません。

 

 ですからそのお店へ行く時は、「今日は1個のが残っていてくれるかな」などと考えながら足を運びます。以上、どーでもいいことを書きましたが、半額の「1個君」にめぐり合えると、それから30分くらいは人生の喜びを感じていられるので、あえて記してみました。

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